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大阪高等裁判所 昭和50年(う)1146号 判決

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

検察事務官が領置している金一六万一、〇〇〇円(大阪地方検察庁昭和四九年領置票第四〇八二号符号一)を被告人から没収する。被告人から金三万円を追徴する。訴訟費用中、原審証人谷口克己に支給した分の二分の一及び原審証人竹之内満志に支給した分の全部は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事杉島貞次郎提出の大阪地方検察庁検察官検事稲田克巳作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨は、原判示第一(一)の賄賂である軽四輪乗用自動車一台(エンジンキー二個及び軽自動車届出済証を含む。以下同じ。)の換価代金一六万一、〇〇〇円については、刑事訴訟法一二二条、二二二条一項の規定する換価代金の性質から被換価物件の買受人が支払つた通貨そのものが特定されている必要はなく、その経済的価値としての代価が保管されていれば足り、当然没収すべきものであるのに、換価代金の性質を誤解し、被換価物件の買受人が支払つた通貨そのものが特定して保管されていないことを理由として没収不能と解し、同価額を被告人から追徴した原判決には刑法一九七条ノ五の解釈適用を誤つた違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決を破棄し、さらに適正な裁判を求めるというのである。

原判決が、原判示第一(一)の軽四輪乗用自動車一台は刑法一九七条ノ五前段に規定する没収すべき賄賂に該当するが、大阪地方検察庁はこれを換価処分し、換価代金を封金として保約せず、同庁係官において日銀歳入歳出外現金の口座に預け入れ、流通状態に置き、既に混和していると推認される以上、賄賂の同一性を保持した換価金はもはや存在せず、従つて換価金を没収することは不能となつたというべきであるから、換価代金相当額を追徴するのほかはないとして、刑法一九七条ノ五後段によりその価額金一六万一、〇〇〇円を他の追徴金三万円とともに被告人から追徴したことは所論のとおりである。さらに、同判決は、刑事訴訟法一二二条、二二二条に基づく換価処分をした場合には、その代価はこれを保管すべく、裁判所がこれを没収し国庫に帰属させるに至らない以上、捜査機関において銀行口座への預け入れという賄賂の同一性を破壊し、一般の金として流通状態に置く処分をすることは、法規の根拠なき違法の行政処分というべく、昭和二八年法務省刑事局訓令証拠品事務規程なる一片の行政規則の存在によつて、些も右違法が治癒されるものではないとも判示している。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果に基づき検討するに、原判示第一(一)の軽四輪乗用自動車にかかる任意提出書、領置調書、保管請書、換価処分調書、買受書、換価代金預入証明書、領置票によれば、原判示第一(一)の犯行において被告人が収受した軽四輪乗用自動車は、昭和四九年一月一七日被告人の妻米川嘉代子から司法警察員に対し任意提出され、同日司法警察員においてこれを領置し、同年四月八日大阪地方検察庁証拠品係検察事務官がこれを証拠品として受理したうえ庁外保管していたが、同年九月二四日刑事訴訟法一二二条、二二二条一項に基づき、同庁検察官によつて換価処分に付され、買受人高島純平に対し代金一六万一、〇〇〇円で売却され、右換価代金は、同日昭和二八年法務省刑事局訓令証拠品事務規程一〇条、一九条により、同庁証拠品係検察事務官から同庁歳入歳出外現金出納官吏たる検察事務官に送付され、同事務官により日本銀行に払込まれ、引き続き同銀行に預入されて保管されているが、右保管にあたつては封金等による特定はされていないことが認められる。

ところで、没収は、現に存在し特定された有体物自体を原所有者から剥奪し、これを国庫に帰属させる処分であつて、没収の対象物が原形を変更した場合、原物と変更した物との間に同一性が保持されていると認められるときは没収することができるが、同一性が失われてしまつたときはもはや没収することはできず、追徴するのほかはなくなる。このことは、没収対象物が金銭である場合についても同様であつて、押収されていたとか、封金で特別に保管されていたとか、その他特定していることが明らかな場合に限り没収することができ、特定していないとか、特定性を喪失するに至つたときは、没収不能としてその価額を追徴する(最高裁昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月三〇日大法廷判決、刑集二巻七号七七七頁参照)。そして、没収は裁判確定後に刑事訴訟法四九六条、四九〇条等によつて、没収対象物を公売に付して換価し、その代金を国庫に歳入編入する(没収対象物が通貨であるときは、その通貨そのものを歳入編入する。)。そのため、没収することができる押収物については没収の裁判及びその執行まで物そのものを現状のままで保管することが原則である(刑事訴訟法一二一条一項、二二二条、同規則九八条)。しかしながら、滅失、破損の虞があるものや、保管に不便なものについては、そのまま保管を継続することは形式偏重に失し経済上の損失も無視し得ないところから、右の原則に対する例外として、刑事訴訟法一二二条、二二二条一項は、「没収することができる押収物で滅失若しくは破損の虞があるもの又は保管に不便なもの」については、判決前にこれを売却してその代価を保管し、後日の没収に備えさせる途を開いているのである。そして、この場合、被換価物件を売却し代価に転換することにより物そのものとしての同一性は失われるに至るけれども、換価代金は没収の関係においては、法律上はなお被換価物件と同一視すべきものとされ、これを没収の対象物とすることができるのである(最高裁昭和二五年(あ)第四七七号同年一〇月二六日第一小法廷決定、刑集四巻一〇号二一七〇頁参照)。

右にみたところから明らかな如く、没収の対象たる物は、刑法一九条一項の定める物そのもの、同法一九七条ノ五の定める収受した賄賂そのものでなければならないのを原則とするところから、物の特定性ということが意味を有するわけである。しかしながら、滅失、破損等の虞のある押収物の換価、代価保管は、そもそも物そのものの同一性を保持することが困難な事態の発生に対する対応策として認められた措置であり、被換価物件の換価代金への転換により物そのものとしての同一性がなくなることは当然の前提としており、押収物そのものの特定性、同一性の保持を断念して金銭へ転換した後においては、右原則的場合に要請される物の特定性をそのまま要求することはもはや意味をもたないというべきである。原判決は、換価代金についても封金扱いする等特定して保管して置かなければ没収することはできないとするのであるが、押収物たる通貨、すなわちそれ自体が証拠となるとか、右原則的場合の没収対象物となるような代替性のない通貨の場合には、他の通貨との混同等を避け、押収時の状態で特定して保管する等のため、封金扱いすべき理由があるけれども、換価代金は、これと異なり代替性を有する通貨であつて、押収時の状態で特定して保管するというものではなく、被換価物件と物理上、事実上同一性はないけれども、没収の関係で法律上同一視するにすぎないのであるから、物そのものとしては、もはや同一性を欠く換価代金の通貨自体の特定性を保持すべき必要性、実質的理由は見出し得ない。かようにみてくると、刑事訴訟法一二二条が押収物の代価保管にあたつて、換価代金の通貨自体を、特定性を保持した状態のままで保管すべきことまでも要求しているとは解せられないのであつて、代価保管はその代価すなわち経済的価値を確実に保管しておれば足り、それが金銭という性質上、事故防止、保管の確実性の観点からそれにふさわしい方法によつて保管することを許容していると認められるのである。

右の次第であるから、本件において大阪地方検察庁が昭和二八年六月一日法務省刑事局第一二九号法務大臣訓令「証拠品事務規程」(検察庁法三二条、検察庁事務章程二一条に基づく)一九条により同庁歳入歳出外現金出納官吏たる検察事務官に換価代金の出納保管を取り扱わせ、換価代金を日本銀行に払い込んで保管させていることをもつて刑事訴訟法一二二条、二二二条に違反する違法の行政処分であるとする原判決の立場は、採りえない(ちなみに、昭和三五年五月三一日最高裁判所規程第二号「押収物等取扱規程」五条二項、六条一項二号、二〇条二項、下級裁判所会計事務規程第八章も裁判所の換価代金の出納保管につき同様の取扱を認めている。)。そして、右のように大阪地方検察庁歳入歳出外現金出納官吏たる検察事務官によつて日本銀行に払い込まれて保管され、領置票によつて本件軽四輪乗用車一台の換価代金の存在とその代価金額が明確にされている本件被換価物件の代価について、被換価物件と同一視してこれを没収することができるというべきである。しからば、右と異る見解に立ち、本件軽四輪乗用自動車の換価代金を没収することができないとして、その価額金一六万一、〇〇〇円を被告人から追徴した原判決は、刑法一九七条ノ五の適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条、三八〇条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い本件についてさらに判決することとする。

原判決が適法に確定した原判示事実に法令を適用すると、原判示第一の各所為は、各刑法一九七条一項後段に該当し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により犯情の重い原判示第一(一)の罪の刑に併合罪加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法二五条一項によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、検察事務官が領置している金一六万一、〇〇〇円(大阪地方検察庁昭和四九年領置票第四〇八二号符合一)は、原判示第一(一)の犯罪行為により収受した賄賂である軽四輪貨物自動車一台の換価代金であるから、同法一九七条ノ五前段によりこれを被告人から没収し、原判示第一(二)の犯罪にかかる金三万円は、同法一九七条ノ五の収受した賄賂に該当するところ、すでに費消され没収することができないので、同条後段によりその価額金三万円を被告人から追徴し、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項を適用して主文第六項のとおり被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(矢島好信 吉田治正 朝岡智幸)

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